注:Chat GPTはLLMです。回答は必ずしも正確な回答とは限りませんのでご了承ください。(回答は30分間隔で行ってます。質問待ちがある場合は、それ以上時間がかかります。)
(続き)
ニコチン中毒からの脱却と行動記憶の忘却ができあがったとき、それはあなたの中から「禁煙~好きなタバコを禁じられている~」という状態がなくなったときを意味します。一般的にはこれで禁煙完了となりますが、実は我々喫煙経験者は大きな十字架を背負ってしまっているのです。
それは喫煙によって脳が増やしてしまったアセチルコリン受容体です。
実はこの増えた分の受容体は消滅することがありません。生涯なくなることはないのです。大変な努力によって眠らせた受容体も、たった一本のタバコで確実に目を覚ましてしまいます。
喫煙経験者が何年かの禁煙期間をおいても、再喫煙するや、ものの一日で「昔の喫煙量」を消費する喫煙者になれるのはこのためなのです。禁煙に成功したら、生涯非喫煙者でいることを強く望むべきです。
私はタバコをやめるタイミングは3回しかないと思っています。
一回目は、自分から進んで禁煙するときです。失敗しても何度でもやり直せますし、高いモチベーションで臨むことができます。
二回目は、ドクターストップなどの「外圧」によって禁煙させられるときです。やり直しはできますが、残された時間はわずかかもしれません。
三回目…。それは…。それはあなたが死ぬときです。
どのタイミングをつかんで禁煙するのか。選択するのはあなたなのです。
今回は禁煙の本質について書いています。
長文ですが、どうぞ最後までお付き合い下さい。
(長文のため分割して投稿します)
では、どうぞ。
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やさしい禁煙講座(その5)
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今回は禁煙の本質について書いています。
長文ですが、どうぞ最後までお付き合い下さい。
では、どうぞ。
■禁煙って?
そんなに体に負担がかかる喫煙なのですから、やはり喫煙習慣にピリオドを打たなければなりません。
でもこの「禁煙する」ってどういうことなんでしょうか。
喫煙習慣は、ニコチン中毒と行動記憶がお互いを補完し合いながら絡み合って成り立っています。たとえニコチン中毒が解消されたとしても行動記憶が、行動記憶が解消されたとしてもニコチン中毒が、それぞれタバコを吸わせるように仕向けるのです。禁煙は喫煙習慣から脱却することですから、この2つを効果的に「なきもの」にしなければなりません。
つまり、禁煙とは「ニコチン中毒からの脱却」であり「喫煙という行動記憶の忘却」なのですね。
ところがこの「ニコチン中毒」と「行動記憶」が消え去るのにはかなりの時間差があります。禁煙が難しいのは、ニコチンの中毒性の高さはもちろんですが、この時間差にも大きな原因があると考えられるのです。
タバコを断つとおよそ3~5日で体内のニコチンはほとんどすべて代謝されてしまいます。個人差はありますがそのまま禁煙を続けると、およそ4~6週間で脳内の受容体がニコチンの呪縛から解き放たれます。余分な受容体は眠りにつき、残った必要な受容体はアセチルコリンの刺激によって働き始めるのです。おおよそこの時点で「ニコチン中毒からの脱却」が成就することになります。
やっかいなのは行動記憶です。
今までタバコを吸ってきたシーンと同じシーンになることは、同じ生活パターンを取っていれば当然発生しますが、こんなときに行動記憶が頭をもたげます。しかもこれはなかなか忘却することが難しいのが特徴です。行動記憶がなくなるには少なく見積もっても6ヶ月程度はかかるといわれていますので、長期戦を覚悟せねばなりません。しかもこの行動記憶は禁煙補助剤を用いても払拭することができないのです。
行動記憶を発動させないためには、今までと違う生活パターンを持ち込むのがよい方法です。たとえば食事が終わったとき、今まではタバコに火を点けてお茶をゆっくり飲むというパターンだったとすると、禁煙後はすぐに席を立ってしまう行動に切り替えるなど、今までの行動パターンにはまらないようにすることが効果的です。
(続く)
私も特別禁煙していてお金が残るなんて感覚はないですねぇ(笑)
さくさんのおっしゃるように、それだけタバコを吸わない生活が当たり前になってきたんだと思いますよ。
それだけ禁煙が定着して、当たり前のことになったのかもしれませんね。ここでもう一息頑張ってみてはいかがでしょうか。何か新たな発見があるかもしれませんよ。
応援しています。
連投すみません(>_>)
最近、禁煙してお金が浮いても楽しくなくなってしまった…なぜだろう
最近、禁煙してお金が浮いても楽しくなくなってしまった…なぜだろう
アメリカ・コロラド州・ワシントン州では大麻が合法化して一か月
経ったそうです。製造・販売はまだ違法で
吸引・所持を認めた法律らしいです。
21歳以上で、1オンス(28.5グラム)まで所持できるとか。
製造・販売が違法? 吸引・所持が合法?
訳が分からず理解に苦しむ法制度ですが・・・。
「吸引者を特定でき管理しやすい」
「闇市場を掃討でき州の税収が増収する」
などが主な賛成理由だそうです。
ここからは、私個人の意見ですのであしからず・・・
アホか!・・・と。
こいつらには絶対、永遠に宗教が必要だな・・・と。
アメリカ社会の底意地の悪さを垣間見た気がしました。
私が思う一般アメリカ人の考えはこうです・・・
「私個人は大麻合法化に反対だけど、私の一家は吸うことはない
だろうし、他人がどうなろうと関係ないし、そんなことより、
州の税収が増えて私たち一家の生活が良くなるのであれば
それでいいじゃん、犯罪の増加? 警察いるじゃん!
環境の悪化? 宗教あるじゃん、ボランティアにさせとけよ!
なので、大麻合法化賛成!」
と云うことで賛成した人たちが多くいたのだと私は思います。
そう私が思う事実的根拠はありません。
それで、よいと思うのです。真実などどうでも、よいと思うのです。
「事実というものは存在しない。存在するのは解釈のみである」と
ニーチェが言ったように
事実が存在するのではなく、解釈が存在するのだと思います。
その解釈をどれだけの人が支持するか?の問題だと思います。
一般的に言えば、
「事実は何か?」
が問題なのではなく、
「『事実は何か?』について、人々がどう思っているか?」
という、人々の意識が問題になるのだと思います。
わかりやすい例として
「誰が真の美人であるか」
が問題なのではなく、
「『誰が真の美人であるか』について、人々がどう思っているか?」
という、人々の意識が問題になるのだと思います。
その人々の意識が「美人」を決めるのだとも思います。
熱くなって話が脱線しました・・・もとへ・・・
これが、自由と平等の国アメリカの個人主義の正体だと
改めて感じました。
「他人がどうなろうと関係ない」と、「個人の自由を尊重する」
はアメリカでは同列なのだと思います。
はたして、前文の「大麻」を「タバコ」に「アメリカ」を「日本」に
置換した時、「私たち日本民族は、違う」と胸を張って言えるでしょうか?
大麻もタバコも、れっきとした立派な麻薬です。
申し訳ありませんが、私も胸を張れません。(オイッ!
第5回目の禁煙講座です。
今回は少し趣向を変えて、喫煙者が喫煙を続けなければならない理由とその結末について書いてみました。
では、どうぞ。
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やさしい禁煙講座(その4)
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■喫煙継続
ニコチン依存症になると、脳内では次のようなことが起こります。
あなたがタバコを吸うと、肺から血液中に大量のニコチンが吸収されます。そしてそれらはおよそ7秒足らずで脳に達するのです。脳のアセチルコリン受容体は大量の情報伝達物質を得ることで、一時的に活性化しアクセル全開状態になります。
ところが脳以外の臓器は喫煙によって取り込まれたニコチンを異物・毒物として認識するため、全機能を挙げてこれを排除しにかかります。喫煙してから、ものの40~50分で血中ニコチン濃度は半分ほどまでに低下します。
しかし、この状態になることは脳にとっては歓迎されることではありません。ニコチンが排除されてしまっては活発な脳活動ができなくなってしまうからです。すると脳はタバコ(ニコチン)を欲し、新しいタバコの吸引を迫ることになるのですね。
喫煙者はこれをずっと継続します。タバコをやめない限り続けるのです。
タバコにはニコチン以外にも身体に強いダメージを与える物質が含まれていますので、各臓器はこれらの排除をしながらもだんだんと年月を経て疲弊し破壊されていくのです。
喫煙とは、ニコチンに支配された脳が自らの身体に大きな負担をかけながら続ける「スローな自殺」ともいえるのですね。
自分で自分に毒を盛る。それが喫煙というものなのです。
ではその果てにあるものは…。
朽ち果てた死が待っているに違いありません。
カナダ・バンクーバーでは、路上麻薬常習者に
ボランティア団体が注射器を配って歩いているそうです。
「えっ?」と云う話ですが、路上麻薬常習者が注射器の
使い回しでエイズを拡散するよりは、とりあえず、衛生的な
注射器で麻薬常習者のままである方が、なんとか本人も社会も
救う手段があるとの判断からだそうです。
私に、この発想はありませんでした。
阿鼻叫喚です。これほどピッタリの言葉はありません。
無間(むけん)地獄とはまさにバンクーバー
オリンピックのイメージが・・・ボロボロ。
タバコをどうしたら止められるのか?
その一つの方向性ですが、
「とりあえず」がキーワードのように感じます。
マジメな方ほど、「決意」「絶対」「根性」「努力」「忍耐」「気合い」
とか意識すると思うのです。
その反動で、失敗した時の挫折感は大きく、耐え難い自己嫌悪に襲われるのでは?
・・・と思うのです。
んで、次に耐え難い自己嫌悪に襲われるのが嫌で「決意」「絶対」「根性」「努力」
「忍耐」「気合い」等の意識を強化してしまい、また失敗すると・・・
もっと強い意思で・・・無限ループです。
しかも意識のレベルがバージョンアップしています。
そう云う禁煙は大変辛い禁煙を自分で創出している感じだと思うのです。
ただでさえ辛い禁煙なのに
本来の禁煙の辛さプラス自分で創出した辛さのダブル辛辣です。
しかも、失敗するたびにその意識はアップデートします。
私の経験ですが、「とりあえず、今は吸わない、吸おうと思えば何時
でも吸えるし・・・べつに法律に違反している訳でもないし
・・・誰に誓ったり約束した訳でもないし・・・自己完結だし」と
いい加減に取り組んだ方が良い場合がある様に感じます。
「とりあえず」+「とりあえず」と繋いでいくと・・・
ハイ、今の私です。
あれよあれよで、もう二年以上も「とりあえず」なのです。
実は、先日、一本吸ってみました。
もう、吸えない体だと思いました。
「とりあえず」を繰り返していたら、時間だけが経ち、
体のほうが勝手に変化していたと云うのが実情です。
チャランポランの方がお気楽なのかも知れません。
失敗を前提に挑戦したほうが次につなぎやすいし、
失敗から多くを学べるし、楽なように感じます。
強度の自己嫌悪を感じ、禁煙自体を諦めるよりは、
失敗を前提に、にわか禁煙を繰り返していたほうが、
まだ、将来につなげる希望があるように思うのです。
「あぁ、情けない、ダメだ、禁煙ムリかも?」
と思うくらいなら、
「明日はわからないけど、とりあえず、今は吸わない。」
と思ったほうが、成功率は高いように感じます。
あくまで、一つの選択肢のお話でした。